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横浜地方裁判所 昭和47年(ワ)1644号 判決

原告

中村辰男

〈外一名〉

右両名訴訟代理人

堀越靖司

被告

細野昌武

右訴訟代理人

加藤弘文

主文

一、被告は原告らに対し、神奈川県大和市鶴間一丁目三〇七六番五宅地(現況道路)54.57平方メートルの通行を妨害してはならない。

二、被告は、前項記載の土地の西側に、原告中村所有地に添つて設けた鉄条棚(別紙図面(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)の各点を結ぶ赤線をもつて示した部分)を撤去せよ。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

四、この判決は、原告らにおいて金一〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  主文第一、二項同旨

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一、請求原因

1  原告中村辰男は、大和市鶴間一丁目三〇七七番一〇宅地233.05平方メートルおよび同地上の建物二棟を所有し、同建物のうち西側一棟(以下西側建物と言う)を自己のために使用し、東側一棟(以下東側建物と言う)を原告寺田茂喜に賃貸している。

2  被告は、主文第一項記載の土地(以下本件土地という)および原告中村所有の右宅地から本件土地を隔てて東側に位置する同市鶴間一丁目三〇七六番一七宅地218.64平方メートルを所有している。

3  原告中村は、昭和四〇年六月九日ころ、現在原告寺田が賃借、居住している東側建物を建てるに際し、本件土地に接して玄関口を設け、本件土地の前所有者訴外高下春美(以下訴外高下と言う)との間で、右建物所有のために本件土地を無償で通行のため使用できる旨の使用貸借契約もしくは本件土地を承役地、原告中村の所有地を要役地とする通行地役権設定契約を締結した。

4  また、原告中村は、昭和四六年八月二日ころ、自己所有地に西側建物を建て、本件土地に接して出入口および勝手口を設け、当時も本件土地の所有者であつた訴外高下との間で、前項同様の使用貸借契約もしくは通行地役権設定契約を締結した。

5  被告は、訴外高下から昭和四六年一〇月五日に現在の所有地を本件土地を含めて売買により取得した。この売買に際して、訴外高下は、原告中村に対して負つている前記使用貸借契約上の義務を承継すべきことを被告に申し入れ、被告はこれを承諾した。

6  しかるに、被告は、昭和四七年八月一三日に本件土地上に原告中村の前記土地との境界に接して、別紙図面赤線で示す部分に鉄条柵を設置して、原告らが本件土地を使用すべきことを妨害するから、原告は、前記使用貸借契約もしくは通行地役権に基づいて、右鉄条柵の撤去および本件土地を原告らが通行のため使用することを妨害する行為の禁止を求める。

7  仮に、右主張が認められないとしても、被告が所有権を主張して原告らの本件土地の使用を妨害するのは権利の濫用である。すなわち、

① 本件土地は、その造成目的が付近住民の通行に供する道路として用いる点にあつたのであり、現実に、造成以来付近の多数住民が毎日通行の用に供している。

② 本件土地に接して、原告らの居住する東側および西側の建物の勝手口に通じる入口が設置されており、これは日常買物等の出入り、吸み取り、メーター検針、ガス、水道管設置等のため不可欠である。

③ 東側建物は、訴外高下の許諾を得て、玄関口を本件土地に接して作つたのであるから、これを改造するとすれば、建物全体を改築しなければならず、また仮にそうしたとすれば、西側建物に対する東側建物の独立性は失われてしまい、各建物の利用価値が著しく減少する。

④ 被告は、訴外高下から、本件土地をその東側宅地と共に買い受ける以前から右東側宅地の賃借人として、本件土地の利用状態を熟知していた。

よつて、被告の行為は、社会通念に照らし、信義誠実の原則に反する権利濫用であるから、原告らは被告に対し、鉄条柵の撤去および本件土地の通行を妨害する行為の禁止を求める。

二、請求原因に対する認否

1  請求原因第一、二項は認める。

2  同第三、四項は否認する。

3  同第五項中、被告と訴外高下との間に、同項記載の売買があつたことは認める。その余は否認する。

4  同第六項中、被告が原告ら主張のとおり本件土地上に鉄条柵を設置したことは認める。

5  同第七項は否認する。

三、抗弁

仮に、原告中村と訴外高下との間に本件土地について通行地役権設定契約がなされたとしても、被告は右訴外人から、本件土地を譲り受けたものであるから、右通行地役権の登記の欠缺を主張するについて正当の利益を有する。

四、抗弁に対する認否

被告は、本件土地所有者が、その土地の通行を受忍し、妨害してはならない義務を有することを、訴外高下から本件土地に接する土地の賃借をしていたことから、十分に知りながら所有権を取得したから、原告中村が本件土地上の通行地役権を登記していないとして、その対抗力を否認する正当の利益を有しない。

第三  証拠〈略〉

理由

一原告中村が、神奈川県大和市鶴間一丁目三〇七七番一〇宅地233.05平方メートルおよび同地上の建物二棟を所有し、西側建物に原告中村が居住し、東側建物に原告寺田が居住していること、被告が本件土地およびその東側に隣接する同市鶴間一丁目三〇七六番一七宅地218.64平方メートルを所有していること、本件土地が原告中村の所有地に隣接していること、被告が前記所有地を訴外高下から昭和四六年一〇月五日に売買により取得したこと、被告が原告ら主張のとおり本件土地西側に鉄条柵を設置したことは、当事者間に争いがない。

二そして〈証拠〉によれば、本件土地はその北端において東西に通ずる公道(幅約四メートル)に接し、原告中村所有地の南側私道の西端は、南北に通ずる公道(幅約六メートル)に接していることが認められる。

三〈証拠〉によると、本件土地は、原告中村がその所有地内に東側建物を建てた昭和四〇年ころすでに道路として一般人の通行が自由になされ、原告中村も自由に通行していたので、以後も同様に通行しうるものと考え、東側建物の玄関を本件土地に接して作り、その際、所有者である訴外高下から通行についての承諾を得、また昭和四七年ころ原告中村が所有地内に西側建物を建てるに際して、本件土地の南西端に接して出入口を設けることにつき所有者であつた訴外高下の承諾を得たことが認められる。

原告らは、原告中村が本件土地の前主訴外高下との間で本件土地の使用貸借契約または通行地役権設定契約を締結したと主張するけれども、これを認めるに足りる証拠はない。すなわち、本件土地の前主訴外高下は、前認定のとおり本件土地を通路として近隣の者が自由に通行することを認めており、本件土地に接する所有地を有する原告中村に対しても、自由に通行することを認めてはいたが、原告中村が建物を建築するに際して、同人に通行の承諾を与えたからと言つて、それがただちに、特定の使用のための権利関係を設定しようとする意思に基づいたものとは認めがたく、近隣のよしみから、原告中村の建築した建物の居住者が、他の近隣の者と同じように、本件土地を通行することを事実上容認し、これを妨げないという趣旨であつたに過ぎないのである。なお、〈証拠〉によれば、訴外高下は、本件土地等の売買契約に際して、口頭で被告に対し、本件土地を道路として使用すべきことを申し入れたことが認められるが、そのことは、原告中村との使用貸借契約の承継を申し入れたものではなく、本件土地を従前どおり道路として一般人が使用することを認めさせる趣旨で言つているに過ぎないと解せられる。

従つて、使用借権もしくは通行地役権を前提とする原告の主張は、採用しがたい。

四次に、権利濫用の主張について判断する。

〈証拠〉によると次の事実が認められる。

本件土地は古く第二次大戦中より道路として付近住民の通行の用に供せられていたこと、原告中村は、本件土地を自由に通行しうることを前提として所有地内の東側および西側建物の玄関口、勝手口、等の構造を決めて、その建物を建築したものであること、本件鉄条柵のため東側建物は、メーターの検針等に不便をきたし、本件土地の通行なくして玄関口を利用する物の出入は困難であること、東側建物の玄関口が本件土地に接して作つてあり、その玄関口が利用できない場合には、家に接して作つてある犬小屋を取り外し、移動させた上、新たに玄関を作らなければならず、その場合でも、四畳半二部屋のうち一部屋が通路として使われ独立の部屋として使用できなくなること、本件土地への出入口が利用できない場合には、原告中村、同寺田の各居住建物の出入口が一緒となり、東側および西側建物が、それぞれ独立の家屋としての価値を損うこと、被告は本件土地等を訴外高下より買受ける以前にこれを同人より賃借居住していたことから、本件土地の従前の利用状況を熟知していたこと、以上の事実が認められる。

ところで、被告は、本件土地を原告中村、同寺田が他の一般人と同じように、南北に通り抜けることは認めるが、西側の原告中村の所有地から直接自由に出入りすることは認めないと主張するのである。しかし、被告の本件鉄条柵設置行為は、その所有権に基づくものではあるが、これによつて得るところは、原告らの出入口が本件土地側にないことにより外観上美化することができるだけであるのに反し、原告らは、前記のような不便を蒙る結果となり、その不利益は、被告の得るところに比べてはるかに大きいと言うべきである。被告は、現在の所有地を訴外高下から売買によつて取得したが、それ以前から同地を賃借していたのであるから、原告中村、同寺田が従前から長期間にわたり本件土地を通路として利用しており、それが訴外高下に対する明確なる権利関係に基づくものではないとしても、そうした使用状況を十分に知悉していたのである。しかも、被告の本件鉄条柵設置行為は、原告に対し何らの交渉も諒解もなく、原告らのこのような多大な苦痛を承知の上で行つたものと認められるから、所有権の正当な行使の範囲を超え、無用に他人の利益を害するものであつて、不法であると認めざるを得ない。

以上の次第で、被告が、昭和四七年八月一三日ころ本件土地の西側原告中村所有地に接して、鉄条柵を設置して、従前から、自由に出入りしていた原告中村、同寺田の玄関口、勝手口の出入口を塞いだことは、権利濫用の行為といわざるを得ない。

従つて、被告は、原告らが、本件土地に従前のように自由に出入りができるように本件鉄条柵を撤去し、本件土地を原告らが通路として、使用することを妨害してはならないものというべきである。

五よつて、原告らの本訴請求は、正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(山田忠治)

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